大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)192号 判決

被告人 積田金蔵

〔抄 録〕

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、積田志まと共謀し、昭和三〇年一月二〇日森秀一に木更津市木更津一、九二二番ノ一〇の宅地六一坪を代金二四四、〇〇〇円で売り渡し、その代金全部を受領したが、未だ所有権移転登記をせず、同人のため占有中、同年九月一一日、ほしいままにこれを杉田清蔵に代金二四〇、〇〇〇円で売り渡し、同月一五日同人に対し売買に因る所有権移転登記を了し、もつて該宅地を横領したものである」というにあるところ、原判決が、本件は犯罪の証明なきに帰するからとの理由により、刑事訴訟法第三三六条後段に則り、被告人に対して無罪の言渡をしていることは、所論のとおりであつて、所論は、右は、原判決が事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、本件記録掲記の各証拠を総合し考察すると、被告人が、昭和二九年一二月、その所有にかかる本件土地を森秀一に代金二四四、〇〇〇円で売り渡すこととし、同月下旬ごろ、被告人と森秀一との間に右土地売買契約が成立し、同時に被告人が内金六〇、〇〇〇円を受領したこと、本件土地は、当時杉田清蔵なる者が地上に住宅を建設して占有使用していたが、被告人は、右杉田に対して該土地を賃貸した訳でもなく、一時使用の約束で使用させているのであるから、当然立ちのきを要求し得るものと考え、これを立ちのかせるには、二、三箇月を要すればよいと考えていたこと、買主である森秀一は、杉田が右土地から立ちのき、土地を自由に使用し得ない限りは、これを買う目的は達せられないのであるが、杉田の本件土地の使用は前示のとおりであると被告人から聞いて、杉田を立ちのかせることは簡単にできると信じ、右売買契約成立当時においては、売買代金全額支払と同時に土地所有権移転登記を了する話合であつたところ、その後、友人からの忠告等もあつて、自分で直接杉田に対し立ちのきを請求することは好ましくないと思うようになつたので、昭和三〇年一月二〇日ごろ、被告人方において売買代金全額を支払うにあたり、被告人と交渉の結果、同人との間に、杉田を本件土地から立ちのかせることは、被告人がこれをやり、その後において、所有権移転登記をする旨の合意が成立し、なおその際、万一杉田を立ちのかせることができないときは、被告人が森秀一に対し、換地として他の土地を渡すか、もしくは売買代金を返還して、迷惑を掛けない旨の話合があつたこと、その後、杉田が被告人の立ちのきの要求に応じなかつたため、被告人は、右杉田に対して本件土地を売り渡し、かつ所有権移転登記をするに至つたものであること等の事実が認められることは、ほぼ原判決説示のとおりである。ところで、原判決においては、右のような事実関係からみて、本件土地の所有権が未だ森秀一に移転しなかつたものと判断したのであり、検察官の所論は、所有権の移転があつたものと主張するのである。よつて案ずるに、本件の如き特定物の売買においては、通常の場合、売買契約成立と同時に目的物の所有権が買受人に移転するものであり、当事者間に特別の意思表示がある場合には、その意思いかんにより、必ずしも目的物の所有権が買受人に直ちに移転しないことがあり得ることは、原判決説示のとおりであるが、しかしこの点につき所論の列挙する証拠を仔細に検討し、特に、これらの証拠によつて認め得られる被告人と森秀一との間に本件土地の売買代金全額の授受が行われている事実に照らして考察するときは、右契約当事者の意思は、前示の合意をもつて所有権の移転を留保する趣旨ではなくて、所有権は契約成立と同時に森秀一に移転するが、ただ杉田清蔵を立ちのかせることは、被告人においてこれをやり、右売買による所有権移転登記手続だけは、被告人が杉田清蔵を立ちのかせた後においてこれを行う旨を約した趣旨であつたと認めるのが相当であると考えられるのである。けだし所有権の移転を留保しながら、売買代金全額の支払を了するが如きは、日常の取引上滅多にその例をみないところであるから、特段の事情の認められない限り、原判決のような認定を行うことは妥当でないと考えられるところ、記録によれば、なるほど、本件における買受人森秀一が本件土地を買おうとしたのはその地上に家屋を建築する目的であつたことが認められ、従つて、杉田を立ちのかせることができなければ、これを買い受ける目的が達せられない事情にあつたことが窺われるのであるが、しかし、売買契約成立の当時は勿論、その後売買代金全額の授受が行われた当時においても、契約当事者のいずれにおいても杉田清蔵を立ちのかせることができないものとは考えていなかつたことが記録上明らかである上に、所有権の移転を留保しながら、代金全額を支払わなければならないような特段の事情の存したことを確認するに足りる証拠は記録上発見できないからである。してみれば、本件土地の所有権は、売買契約成立と同時に被告人より森秀一に移転したものというべきところ、本件記録中

一、登記簿謄本の記載

一、原審第二回公判調書中証人杉田清蔵の供述記載

一、被告人の検察官に対する各供述調書中同人の供述記載

等を総合するときは、被告人が、前示のように森秀一と売買契約を締結し、代金全額を受領した後、杉田清蔵に対し本件土地からの立ちのきを請求したが応じないので、昭和三〇年九月一一日同人に対し、本件土地を代金二四〇、〇〇〇円で売り渡し、同月一五日売買による所有権移転登記を了した事実を認めることができ、更に、同記録中

一、被告人の検察官に対する昭和三一年六月二八日附供述調書中同人の供述記載

一、積田志まの検察官に対する同年五月九日附供述調書中同人の供述記載

一、原審第二回公判調書中証人杉田清蔵の供述記載

一、原審第四回公判調書中証人森秀一、同原三郎の各供述記載

等を総合するときは、被告人が本件土地の所有権が森秀一に移転していることを知りながら、未だその所有権移転登記ができなくて、自分の所有名義になつているのを奇貨とし、右森秀一に無断で、勝手に前記杉田清蔵にこれを売り渡し、かつ所有権移転登記手続を了したにもかかわらず、森秀一から、代金を返すか、替地を渡すかとの交渉があつたのに対し、言を左右にしてこれに応じなかつた事実が認め得られるのであつて、被告人のこのような所為は、同人の占有する森秀一所有の右宅地に対する不正領得の意思が外部に発現したものとみられるのであるから、本件公訴事実は、結局原裁判所で取り調べた証拠によつて優にこれを肯認することができるものというべく、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴して検討してみても、右認定を動かすことができないのである。だとすれば、原判決は、ひつきよう証拠の取捨判断を誤り、事実を誤認したものというべく、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において到底破棄を免れない。故に検察官の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に則り、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い、更に次のとおり自ら判決する。

(参考)「罪となるべき事実」

被告人は、その妻積田志まと共謀の上、昭和二九年一二月下旬ごろ、森秀一に対し自己所有の木更津市木更津一、九二二番の一〇所在宅地六一坪を代金二四四、〇〇〇円で売り渡し、昭和三〇年一月二〇日その代金全額の支払を受けたが、未だ、その所有権移転登記をしないで、同人のため右宅地を占有中、同年九月一一日勝手にこれを杉田清蔵に代金二四〇、〇〇〇円で売り渡し、同月一五日両人に対し、右売買による所有権移転登記を了し、もつて該宅地を横領したものである。

(証拠の標目)

右の事実は、

一、原審第一回及び第七回各公判調書中被告人の各供述記載

一、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中同人の供述記載

一、積田志まの司法警察員及び検察官に対する各供述調書中同人の供述記載

一、原審第四回公判調書中証人森秀一、同原三郎の各供述記載

一、原審第七回公判調書中証人森秀一の供述記載

一、原審第二回公判調書中証人杉田清蔵の供述記載

一、登記簿謄本の記載

を総合してこれを認める。

(中西 山田 石井謹)

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